■ 移住者の声
猟師
横溝秀文さん
野生動物と対話し、里山で生きる

神奈川県の伊勢原市で生まれ、猟師をしていた親戚の影響を受けて育った横溝秀文さん。自給自足の生活に興味を持ち、40歳のときに新天地を求めて紀伊半島を一週間ほどかけて車で回った。その際、偶然立ち寄った古座川町の雰囲気に惹かれ移住。地域おこし協力隊として任期を務めた後、現在は念願の猟師として働きながら、自然のなかで暮らしている。
「同世代の移住者が多かったことが、移住の決め手の一つです」
お酒の営業マンから、山の猟師へ。
移住前はどのようなところに住んでいましたか? また、移住のきっかけについて教えてください。
横溝さん:神奈川県の伊勢原市というところで、病院や駅などが近辺にまとまった便利な街でした。山はすぐ近くにありますし、海も30分くらいで行けます。親戚のおじさんが猟師をしながら会社経営や地域のいろいろなことに関わっている人で、家に立派な剥製があったり、猟犬がいっぱいいるのを子どものころから見て育ちました。
ただ、その当時から猟師になりたいと思っていたわけではなく、前職はお酒の営業マンをしていたんです。けれど40歳になって、ずっとこれを続けて一生を終えるのかと考えたとき、それはいやだなと思いなにか別のことをしようと探し始めました。
住む場所というより、働き方や暮らし方を変えようとしたんですね。そこからどういう経緯で移住することにしたのですか?
横溝さん:もともと健康に気をつかうようにしていて、無添加の食品を選んだり、神奈川県で自給自足の生活をしているYouTuberの動画を見たりしていたんです。そこで、おじさんも狩猟をしていたことを思い出して、自分もやってみようかなと思いました。
神奈川県に留まらず移住を選んだ理由は、もっと静かなところに住みたかったことと、熊野は歴史も好きな地域で何度も行き来していたので、それなら住んだほうが早いんじゃないかと思ったからです。それで、とりあえず紀伊半島を一周してみようと、西側から車中泊で一週間くらいかけて回りました。

紀伊半島を一周したとのことですが、古座川町への移住の決め手はなんですか?
横溝さん:串本町を走っているときに川を見つけ、「この川沿いに進むとどこに着くんだろう」と何気なく国道から道を折れて奥へ入っていくと、雰囲気の良いところでなんとなくしっくりくるなと思いました。一度神奈川に帰り、また古座川町へ行って役場を訪ねようとしたのですが、ちょうどコロナの第一次緊急事態宣言が出たときだったので断念し、落ち着いてからもう一回行きました。
当時の「和歌山県ふるさと定住センター(※1)」に電話をすると、現地案内の日程を決めてもらえたので、一緒にジビエの施設などを訪問させてもらいました。肝心の狩猟をする環境が整っているのに加えて、ジビエ施設のスタッフや定住センターの方々が同世代の移住者だったというのも、移住の決め手の大きな理由になったと思います。
※1「和歌山県ふるさと定住センター」:平成14年から令和5年に渡り、和歌山県での暮らしに関心のある方の現地案内等を行っていた組織。
「日の出直後と日の入り前、動物の活動時間に合わせて動いています」
一人で山に入り、動物と対話しながら生きる暮らし方。
移住してすぐに猟師になったのですか?
横溝さん:役場の職員さんに地域おこし協力隊の制度もあると紹介され、最初の3年間は「夏目商店&Cafe(※2)」の店番やクマノザクラの管理、空き家の活用や防災などに取り組んでいました。猟をするには毎日罠の見回りなどをしないといけないので、両立するのは難しく、早く狩猟がしたくてうずうずしていましたよ。
任期を終えてしばらくは畑や柚子の栽培もしていましたが、本格的に獣害対策を始めてからはやめて狩猟に集中するようになりました。
※2「夏目商店&Cafe」:七川地区で地域の産品や日用品を販売する商店兼カフェ。

どのようなスケジュールで過ごしていますか?
横溝さん:僕はグループではなく一人で山に入って、そっと動物に近づく忍び猟というのをやっているんですが、鉄砲で猟をする日は大体朝5時に起きて、日の出前くらいに家を出て山に入ります。動物の活動時間が日の出直後の2時間と、日の入り前の3時間くらいなので、それに合わせて動いている感じですね。ジビエの施設が休みの日は自分で解体して、それで一日が終わります。
週3日は警備のアルバイトもしているんですけど、それ以外の日はほとんど山に入っていますね。

生活基盤としては、ジビエの解体や食肉の加工処理を行っている施設への野生動物の引き渡しと、警備のアルバイトが主になっているのですか?
横溝さん:そのほかに報奨金というのがあるんです。狩猟の方法や動物の種類によっても金額が変わるんですけど、僕の場合はその報奨金がメインで、あとは役場から受けている鳥獣害被害対策実施隊としての仕事や、警備のアルバイトで生活しています。
「山に入っていると、五感が研ぎ澄まされてくる感じがします」
猟師だからこそ実感する、自然の大切さ。
猟師のお仕事の楽しさや魅力は、どういったところに感じますか?
横溝さん:そもそも動物が好きなんだと思います。動物との無言の会話をしながら、獲ろうとしている個体との駆け引きをしているのが楽しいですね。たとえば、イノシシが土を掘り返した跡のあるところに素手で餌をまいて、僕の匂いをつけるんです。それをまた掘り返して餌を食べていたら、だんだん僕のことを覚えていくので、次はわざと茂みの上に餌を置いてちょっと遊ばせるんですよ。それも素直に食べたら、草を倒していってくれるのでどこを歩いたかがわかる。そうこうしているうちに、ばったり会うこともあるんです。動物と一対一で毎日会話しているみたいで、そのときが一番楽しいですね。
自然を観察するのが大事な仕事なのかなと思います。やっぱり、山に入っていると五感が研ぎ澄まされる感じがしますね。不思議な感覚ですけど、動物が罠にかかると、夜中に目が覚めて寝られないときがあります。「あ、かかっているな」と思って見に行くと本当にかかっていて。同業者の人には、結構あることだと思います。

動物が好きとのことですが、最終的には獲ることになると思います。山で野生の動物と出会った際に怖いと感じたり、心が痛むような感情になることはありませんか?
横溝さん:罠にかかったところに駆けつけたとき、足を痛そうにして「ピー」と鳴いたりするんです。そうするとやっぱり「ごめんね、痛くない痛くない」なんて一人でぶつぶつ言いながら作業したりしていますね。最後は自分が命を奪うわけですからね、そのときはもう割り切っているというか、かわいそうというより「自分でやる」という気持ちです。
昔、養豚場で土木の仕事をしたことがあって、豚がバチバチとスタンガンをあてられて、トラックに乗せられるのを見たんです。そのときに「この豚さんたち、ずっとこの小屋のなかで育てられて、最後はスタンガンをあてられて出荷されていくのか」と思い、自分がお金を出して人が殺めたお肉を買うことに抵抗を持った時期がありました。その経験も、自分が食べるお肉は自分で獲って、自然な暮らしをしようと思ったきっかけな気がします。
命をもらうからには責任があるので、たとえば施設に持っていくと解体されずに焼却されてしまうような小さい個体でも、自分で解体して食べるなり、ご近所さんと物々交換するなりして、ちゃんと最後まで活用するようにしています。
最後に、田舎への移住や古座川町での生活にあたって大切だと思うことをお聞かせください。
横溝さん:移住の理由として、自然が豊かだからという意見が多いと思うんです。だから、その自然を理解し、尊重しながら生活できるかどうかが重要になるのではないかと思います。役場や国の公共事業に関しても、自然の魅力を失わず環境を守るような取り組みをしてほしいですね。
あと、地域のコミュニケーションはとっても大切だと思います。お寺の行事に参加するとか、掃除を手伝うとか、イベントがあれば参加してみるなど。そこで会話が生まれて、自分のためにもなると思います。そのときに、心に壁をつくっているとここの人たちには読まれてしまうので、どれだけ自分を素直に出せるかが移住者にとっての課題かもしれませんね。

【編集後記】
動物が好きだからこそ自ら山に入り、猟をする横溝さん。取材中は終始優しくやわらかい物腰でしたが、写真撮影のために猟銃を背負うと真剣で凛とした表情に変わりました。考えてみると、狩猟中の事故もめずらしくはないお仕事です。早朝から山に入り、気配を消して、言語の通じない自然や動物との手探りの対話を通して、一歩一歩対象へと近づいていく。猟師の仕事にも、横溝さんご自身にも、お話をお伺いするだけではまだまだわからない奥深さがありそうです。