■ 移住者の声
kii garden管理人
松下礼さん
耕作放棄地を、植物が生きる庭へ
青々とした山に囲まれる古座川町小川。瑞庄橋という橋を渡り、少し奥へと進んだ先には季節ごとの花やハーブが手入れされた「kii garden」がある。耕作放棄地を保全する目的で始められた「瑞庄花菜農園会」を前身とし、現在は農薬や肥料を使わずその土地の気候や環境に合った植物を育てるナチュラリスティック・ガーデンとして運営されている。
ここの管理をしているのが、カナダやイギリスなどでワーキングホリデーを活用しながらガーデニングの経験を積んできた松下礼さん。古座川町出身で、短期大学などで園芸を学んだのち東京で就職。海外と日本を行き来する生活を送り、2017年より知人に誘われて「kii garden」の管理に携わっている。
「もともと植物や動物が好きでした」
耕作放棄地を利用したkii gardenで季節のハーブを育てる。
-まず、kii gardenと松下さんが管理人として携わることになった経緯について教えてください。
松下さん:kii gardenは、もともと別の方が地元の土地を保全するために「瑞庄花菜農園会」っていう名前でやってたんです。そこを引き継ぐ形で始めました。和歌山トヨタさんが加わって田んぼとかを始めているところに、私も入ってお花畑にした感じでしょうか。知人に一緒にやろうって誘われた気がするんですけど、その方はいつの間にか引っ越されてました(笑)。団体としての運営は、和歌山トヨタさんの子会社の株式会社天然さんがしています。
今、ハーブは20から30種類くらいあります。野菜と薬の間みたいな気がして、ハーブ自体にいろんな成分が入っているので、いろいろ混ぜてブレンドハーブティーとして飲んだりお客さんに出したりしています。ゲストハウスや自然体験ツアーなどをされているLacomaさんのリトリート体験コースの一部にも入れてくれていて、その季節の良いものを使ってハーブの試飲体験をしたり、花冠やブーケ、紫蘇ジュースをつくったりと、その時々でできることをしています。
-なるほど。ハーブやガーデニングに興味を持ったきっかけは何だったのですか?
松下さん:なんでしょうね。祖母が畑をしているのでその影響でしょうか。高校は華道部に入ったりしてましたね。もともと動物とかが好きだったんですけど、高校生のときに動物の方に行くのか植物に行くのか悩んだ時期があって。周りの人の勧めがあって神奈川の短大で植物を勉強することになりました。そのあともう一年お花の専門学校に行って、東京のお花屋さんに勤めました。
-その後、カナダに行かれたんですね。
松下さん:そうです。東京の暮らしも生花店の仕事も自分には合ってなかったですね。一番は計算が苦手なので、それが大きかったですけど。朝起きて、満員電車で職場に辿り着いたらもうヘトヘトになっていて。免許取り立てだったので都内の配達もすごくしんどかったですね。面白いこともあったんですけどね。
誰でも壁に当たったときに追い詰められてしんどいことってあると思うんですけど、そのときにお花が植物っていうよりもただの素材みたいに、生きてるものに感じなくなってきて、違うなと思ってやめました。
「その土地の、気候や環境に合った植物を選んだ庭造りです」
ワーキングホリデーで学んだガーデニングの手法と考え方。
-生花店でのお仕事をやめて、海外に行こうと思ったのはどうしてですか?
松下さん:当時シェアハウスに住んでいたので、ワーキングホリデー帰りとか海外に行ってきて帰ってきた人が周りにいっぱいいたんです。その人たちの話を聞いているうちにカルチャーショックを受けて、なんかいいなぁと思うようになりました。今まで海外に行くというのが頭になかったので、「ああ、そういうのもあるんだなー」っていうのに気づかされて。私も行けるっていうのを教えてもらったのが大きかったです。
それでも、英語も話せないし海外で一人で暮らしていくっていう自信がなかったんですけど、カナダのバンクーバーに住んでいる人が「家に遊びにおいでよ」って言ってくれて。「一年間おいてあげるからワーキングホリデー行ってみたら」って。気持ち的にすごく心強かったので、それじゃあやってみようと。結局、カナダではその人のお家ではなくてポーランド人の夫婦のお家にホームステイをしながら、語学学校に通うというスタイルになりました。
-海外ではどんなことをしていたんですか?
松下さん:カナダでの滞在期間は一年で、種まきの仕事とかが面白かったですね。農家さんが苗を販売しているガーデニングセンターで、春から初夏にかけて苗を育てるアルバイトがあって、今とつながる良い経験でした。それから一年も経たない間にオーストラリアに行って8か月いました。オーストラリアは仕事を見つけるのが難しくて、普通のアルバイトがなかなか見つからなかったんですけどなぜか造園会社のアルバイトが見つかって。草刈り機で草を刈ったり剪定したり。建設もするような大きな造園会社でしたね。その仕事も面白かったです。
その次にイギリスへ行くまでは、古座川町の温泉旅館や観光協会で働いていました。29歳のときに、イギリスに行くのであれば今しかない。ラストチャンスだと思って。イギリスは抽選なんですよ。初挑戦で当たって、行くことにしました。そのときはもう最初からガーデニングがしたいなと思っていたので、仕事をするというよりもガーデニングの経験をするためにいろんなところでボランティアを始めました。
一般家庭のお庭を手伝ったり、フラワーシャワーを作っている家庭に数か月いたりとか。いくつかの家族が一緒に暮らしているコミュニティみたいなのがあって、そこで生活したりとか。ご飯当番などがあって交代でご飯を作って、面白かったですね。
-海外で、今の古座川町でのお仕事につながる経験をされたということですが、どのようなことをkii gardenに活かしているのでしょうか?
松下さん:イギリスには二年間いて、インターンシップみたいな形で10庭園で研修してきたので、植物のテストをしたり、世界中の植物の勉強をしている学生さんと一緒に学ぶ経験などは勉強になりましたね。やっぱりヨーロッパの人が多くて、大きい庭園だと池周りのチームとか部分ごとに分かれて、機械を使ったりもしていろいろな経験ができました。
最後に一番長く滞在して、一番お世話になったスコットランドのガーデンがあるんですけど。そこで学んだことが今のガーデニングに影響しています。ナチュラルスティック・ガーデンといって、農薬とか肥料とかを使わずに、なるべく手が掛からない育て方をして植物が健康に育つようにするやり方です。一番は気候、環境に合った植物を選んでつくる庭造りですね。
たとえば、寒い地域の植物を持ってきて無理やり日本の暑い夏を過ごすために苦労するとか、気候に合っていないバラを育てて虫がいっぱいついたら農薬をかけたりとか、そういう悪循環にならないようにします。ここで育てているのは西洋ハーブが多いですが、気候に合ってるかなと思ってます。ラベンダーとかも育てたいんですけどね。暑さと蒸れでうまくいかないですね。それでも育てやすい品種とかはあるので、いろいろ試しながらやっています。
「ハーブの試飲やいろんな体験を、今年もしていきたいと思います」
庭も暮らしも働き方も、そこにある自然のリズムにあわせて。
-もともと古座川町出身でUターンとのことですが、普段の生活はどのようにされていますか?
松下さん:住んでいるのはこの近くです。買い物は古座のオークワが一番近いかな。車で20分くらいですかね。畑をしたりということもなく生活はふつうだと思います。季節でだいぶ変わるんですけど、冬はだいたい10時に陽が差してくるのでそのくらいの時間に来て、庭仕事をして3時に撤退するっていう感じです。球根の植え付けとか堆肥を運んだりとか、冬は土木作業みたいなのが多いですね。一番いそがしい時期でいうと、夏に草が生えてきたときは草刈り。ワークショップが入ったら結構準備に時間がかかりますね。資料とか、ハーブを収穫してお茶を出す準備とか。
土日は用事がなかったら休んでます。ほかのワークショップに行ったりもしますね。夜は町の公民館教室の活動に参加しているので、レザークラフト教室にも行きました。あと、ストレッチ教室にも行ってますし、合気道と書道にも。名刺切れてるなと思ったら作ったりとか、そんなふうにしてたら休みの日ってあっという間ですね。掃除して、どっか行ってたらいそがしくて結局仕事たまってたりしますし。案外いそがしいものですね。
-最後に、今後について聞かせてください。
北海道ではいろんなところでお庭をつくっていて、お庭をめぐるツアーっていうのも盛んなんです。紀伊半島でも、北海道のガーデン街道みたいにガーデニングの文化が発展していけばいいなと思っています。あとはワークショップや体験ですね。ハーブ体験とか、クレソン狩り、カモミール狩りとか。去年はリースづくりやハーブの試飲をやったので、そういうのを今年も引き続きやっていきたいと思います。
【編集後記】
今回は古座川町にUターンした松下さんに、海外でのガーデニングの経験や現在のkii gardenでの活動について話していただきました。その土地の気候や環境に合う植物を選び、植物に無理をさせない。そんなガーデニング方法や松下さんの飾らない自然体の雰囲気からも、肩の力を抜いて自分に合った生活環境や職場環境を選べばいいのでは?という一つの優しいアドバイスが伝わってくるようです。松下さんやガーデンでの活動に興味を持たれた方は、ぜひお気軽にkii gardenを訪ねてみてください。