■ 移住者の声
ご縁坐 にんにく農家
池田拓哉さん、美奈希さん
自分たちらしい農業の形を探求する
作物の栽培を軸にした五つの事業を通して、農業の多様化を目指す--そんな意味を込めて名付けた「ご縁坐」という屋号の元、農薬や化学肥料を一切使用せず、有機肥料のみでにんにくを中心としたお野菜を生産する池田拓哉さん、美奈希さんご夫妻。拓哉さんは和歌山県紀の川市、美奈希さんは島根県出雲市のご出身。それぞれ関東で勤めていたが、農業をしたいという拓哉さんの希望で2019年に古座川町へと移住した。
移住後、美奈希さんは地域おこし協力隊として古座川町観光協会で3年間勤務し、任期を終えて現在は拓哉さんと共に農業を行う。仕事も住む場所もがらりと変わり、新しい生活を始めてから4年程になる池田さんご夫妻に、暮らしの変化や古座川町で農業をすることについて伺った。
「綺麗な水のある、自然の中で農業がしたい」
古座川町に移住して、農業の道で新たな挑戦を始める。
-移住前のお仕事は何をしていましたか?
拓哉さん:僕が不動産屋の営業で、彼女が教員ですね。
美奈希さん:神奈川で高校の保健室の先生をしていました。
-拓哉さんは紀の川市のご出身ということですが、移住先に古座川町を選んだ理由は何でしょうか?また、移住する際の心境も教えてください。
拓哉さん:いろいろとあるんですけど、まあ、大きい理由としては農業がしたいと思って移住を決めました。自然のなかの綺麗な水がある地域で農業がしたいっていう思いで来て、それについてきてもらったかたちです。
美奈希さん:「よし行くか!」という感じで、ぜんぜん不安とかはなかったです。
拓哉さん:たぶん移住者の中でも僕らはイレギュラーで、たしか3月の初旬に一度古座川町を二人で見にきて、4月にはもう移住してるみたいな。移住を考える期間がすごく短かったですね。住むところは縁があって、3月にこっちに来たときにたまたま知り合った方に紹介してもらったんですよ。初めは高池地区に越してきて、1年間か2年間ほど住んでから、農業してるんでもうちょっと田舎の方がいいねっていうことで一雨(いちぶり)に移りました。そこも紹介で入らせてもらいました。
-農業がしたいと思うきっかけなどはありましたか?
拓哉さん:もともとうちの実家も農家で、農業には縁があったんですよ。不動産の仕事をやってて、言い方わるいですけど景気に稼がせてもらっていて自分で稼いでる感じがなくて、自分で何か事業をしたいなと思いました。縁のあった農業を考えたときに、農業者の地位とか収入とかが低いと思ったんですけど、なぜ低いのかわからなくて。農業で何かを作りたいとかじゃなく、そういう農業者の状況を改善して農業で稼ぎたいという思いが最初でした。ちょっとチャレンジしてみようみたいな感じでしたね。
-もうすでに販売方法など工夫していることはありますか?
拓哉さん:産直系のECサイトやリアルの産直に卸させてもらっています。オンライン販売は食べチョクさんがメインで、ほかはポケマルさん、アウルさんとかも出させてもらってます。あとは古座川町のにんにくを特産品化するという流れがあって、町内のにんにく農家さんが集まって去年組織を立ち上げたんです。そこで自分たちで営業して共同で出荷するというのもしていますね。原価が高騰してきても商品の価格に反映されない業種なので、なぜそうなっているんだろうと考えたり、自分たちで稼げる方法が何かないかなというのは模索しています。
美奈希さん:「ご縁坐」という屋号で出させてもらっています。基本的にはやっぱり彼の事業なので、事務的なことだったり調整作業とか、彼の手が回らない細々したところを私が手伝わさせてもらってるっていう感じです。
「ちゃんとできたかどうか、成績表が出てくるのは翌年の春」
収穫の瞬間はドキドキわくわく。土の中で育ったにんにくとご対面。
-就農に関する補助金やサポートはありますか?
拓哉さん:農水省が出している、農業次世代人材投資資金(旧青年就農給付金)という資金を今受けている状態です。新規就農してから収入に応じて最大150万円の補助をもらえるというものです。古座川町でいうと、遊休農地を借りて耕作をすると面積当たりの補助を出してもらえたり、機械の購入時に100万円の三分の一を上限に補助を出すというものがありますね。あと、獣害対策の柵を作ったら材料費の補助が出るとか。
美奈希さん:たぶんこの地域って、今まで田んぼをやっている人が多かったんですよ。でも田んぼをやめる人が増えて休耕田化しているから、それを借りて畑にしようと思ったときに使えるんですね。
-畑の規模や年間のスケジュール、また古座川町の農業について教えてください。
拓哉さん:例年は夏に野菜が入って、秋に芋類が入ってというスケジュールを組んでいるんですけど、今年に関してはにんにくだけでやっていました。
美奈希さん:面積は今2ヘクタールで、サッカーコート2面分くらいです。にんにくだけでいうと、植え付けが10月で収穫が5月いっぱい。9か月くらいかかるので回転が早くはないですね。だから一年の成績表が翌春に出てくるみたいな。ちゃんと土作れてるかなとか、追肥できてるかなとか、草引きもちゃんとできてるかなっていう結果が5月頃に成績表として出てくるんですよね。
拓哉さん:最初の成績表が1だったんですよ(笑)。僕らも経験を積んでいくんで、年々成長しているというのは感じます。原因がわかってくると楽しかったり、来年ここを気をつけたらもうちょっと良くなるということが見えてくると嬉しかったりしますね。
古座川町の農業でいうと、条件はすごくわるいです。本当に水が綺麗で、それで育っていくんだろうなと思って安易な気持ちで来たんですけど、いざやってみると畑の一枚の面積が小さくて効率がわるかったり、あとは台風や水害の恐れがあったりとか。生産物をどこに出荷するか考えたときに、大阪、名古屋、東京のどこにしても立地条件が良くない。農業的に良くないとこが多いんですけど、それでもできなくはないなっていうふうには思います。
美奈希さん:よく言ってるのが、ここでできたらどこでもできるよねって。条件が良くなくてもできるってことは、ちょっと条件が良いところで展開したらさらにやりやすくなるだろうし。そういう意味では良い場所で、鍛えられてるって感じです。
-農業で大変なことは何ですか?
拓哉さん:意外と投資が必要だったり参入障壁が高いなというのを思いましたね。基本的に農薬とか科学肥料を使わずに生産することを一つのテーマとして掲げてやってるんですけど、そうするとやっぱり雑草との戦いになったりとか、作物に病気が出たときの対処に苦しんだりとか、そういう技術的な苦しみはありました。あと休みの取り方が本当にわからないですね。たとえば10日間晴れてその後5日間雨みたいな天気予報が出ると「どこで休む?」みたいな。10日間続けてやるみたいなのも、まあ家族でしてるからできるんですけど、ちょっとそういうのも考えますね。
美奈希さん:でもそういう面でも、今まで天候に苦しめられて本当にもうお手上げってことはなかったので、比較的ラッキーにできてきたんじゃないかと思います。
拓哉さん:農業で一番辛かったのは獣害かな。猿にトウモロコシを食べられたときとかは、予想していないところで被害が出るので結構しんどかったな。彼らも美味しいものを食べたいから、収穫間近の美味しいときに採りに来るんですよ。
美奈希さん:それで畑の畝間に食べ終わったものがポトンって落ちてたりして。美味しくなかったのか、ちょっとだけかじったのが落ちてたりすると、全部食べなよって思いますね(笑)。
「自分と対話する時間が増えたのが、田舎に来て良かったと思うことです」
自分で考え、決める力が、心地良い暮らしを支える。
-移住前との生活の変化について、良かった面やあまり良くなかった面を教えてください。
拓哉さん:職場が東京の渋谷だったので、スクランブル交差点で人が24時間絶えないようなところから、夜になると外にまったく人がいなくなるような集落に来て、生活リズムが変わって時間のゆとりはすごくあるなと思います。その反面、東京のせわしなさを懐かしく思うこともありますね。都会も田舎もどっちに住んでも楽しいですし、どちらも好きです。
美奈希さん:都会だったら外からの刺激がいっぱいあるので、意識が外に向かってたんですね。人と比べたり、何をして楽しむかというのも外に外に......という感じだったんですけど。でもこっちへ来るといい意味で何もないじゃないですか。なので「何がしたいんだろう」「どういうふうにしていきたいんだろう」と自分自身と対話する時間が増えたというのが、田舎に来て良かったと思うことですね。
あとは気を張らず、背伸びをせずに友達と素でお付き合いができています。仕事も遊び、遊びも仕事みたいな感覚はこっちに来てからの方がありますね。ネガティブな面でいうと、若者が少ない分、地域の草刈りなど若者が出ていかないといけない場面はあると思います。それが好きな人は田舎暮らしできるんじゃないかな。
拓哉さん:誰かがやってるからやらなきゃいけないみたいなのが嫌いで、東京とかにいるときは時間をお金で買ってた感覚があるんですけど、お金を払ったら出なくていいみたいな制度ができたらいいなと思います。行っちゃえば意外と楽しいんですけどね。
美奈希さん:それが田舎の良さでもあって、私はいろんな人と話して「あ、この人こういう考えなんだ」というのを知るのが好きなので、(地域の人たちに会える)地区の掃除とかも好きなんです。けど、みんなで予定立ててやろうじゃなくて、若いからあんたたちやってよみたいな空気がたまにあって。たとえば、これから移住する人だとやっぱり早く地域に溶け込もうって思って、自分たちを良く思ってもらおうとして、なんでも「はい」って引き受けていくと思うんです。まったくやらないというのは田舎暮らしをするにあたって違うのかなと思うんですけど、「イエス」で受け入れているときにもしグチが言いたくなったら聞きますというスタンスで私たちはいます。
拓哉さん:意思決定を自分でできる人だと暮らしやすいかなと思いますね。誰かがやっているからではなくて、自分がやってもいいと思えるからやるという考え方の人の方が移住には合うかなと思います。
美奈希さん:ずっとここで暮らしてる人たちは、ここの暮らしを見て生きてきてて、移住者っていうのはいろんなところの生活の価値観とかを持ってこの土地に来ているんですよね。その中で柔軟に寄り添える部分もあれば、寄り添わないっていう選択もできると思います。まったく同じ価値観でやっていくことは難しくて、でもどこかで折り合いを付けられるから一緒に生活できると思うんですね。お互い譲り合いだと思います。
【編集後記】
お二人にお話をお伺いするなかで、自営業という働き方の形態においても、外からの刺激が少なくなるという田舎暮らしの特徴においても、また田舎ならではの地域の方々との関わり方においても、“自分で考え、自分で決める”ことが一つの大切な共通点としてあるのだと感じました。自分で決めることによる大変さはもちろんあるでしょうが、それを実践しているお二人だからこそ活き活きとして見えるのかもしれません。「ご縁坐」の名前の元に、これからますますたくさんのご縁を結ばれていくことと思います。池田さんご夫婦の挑戦を、陰ながら応援しています!